山形県に移封されていた佐倉藩主堀田正亮が、延享3年(1746年)に旧領地に帰れた喜びとして五所神社へご供米として40俵を奉納した。この返礼として近隣の神官が領主堀田候の武運長久と氏子の安全を祈願して、五所神社神前で神楽を奉納したのが始まりといわれている。十二面神楽は、舞う場面が十二座あり、大正時代の初め頃より、川面区の人達で伝承してきたものである。猿田彦の露払いから始まり、約3時間に及ぶ神楽の舞と湯立ちの神事からなり伝統ある行事の一つである。
現在神社に保管されている神楽面は猿田彦の命、鈿女の命、荒神、岩戸之舞、八幡大神、秋之神、種蒔、恵比寿大神、手力雄之命、乙女之命、榊葉、神功皇后、春日明神、受持之命、出雲大神など十五面ある。
その多くの製造年代は、はっきりとしていないが、八幡舞いの面の裏面によると天明2年9月吉日(1782年)江州日野町(滋賀県琵琶湖周辺)にいた外池惣兵衛が奉納されたものである。
所在地 : 山武市蓮沼イ
指定日 : 1986年4月1日