石燈籠とは本来は仏堂に献燈する施設であり、献燈は昼に法会を行うときの浄火を目的としたが、江戸時代から神社の参道や入口に有力者や信者の団体、利益を受けた個人などにより盛んに建立されるようになった。形態は宝珠・笠・火袋・中台・竿・基壇からなる。
八坂神社石燈籠 一対
本燈籠は高さ1メートル90センチあり、宝暦5年(1755年)に建立されたものである。
【陰刻銘文】
奉献 石燈籠 両基
宝暦五乙亥九月
上総国武射郡上横地村 石渡六左衛門治知
所在地 : 山武市上横地
指定日 : 1985年7月29日
白幡八幡神社石燈籠 一対
本燈籠の高さは2メートルあり左塔は延宝2年(1674年)、右塔は同9年(1681年)に建立されたものであり、年代的に古く貴重な塔である。
【陰刻銘文】
右 : 延宝辛酉歳八月十五日
願主 : 小宮山彦四郎正直
奉造立石燈籠御寳前(「前」は古字で「止」の下に「舟」)
左 : 延宝二申寅歳八月十五日
願主: 小宮山彦四郎正直 敬白
奉造立石燈籠御寳前
所在地 : 山武市白幡
指定日 : 1985年7月29日
五所神社石灯籠
この石灯籠は銘文によると貞享3年(1686年)に瀧川重良左衛門・賀瀬茂兵衛・瀧川市郎右衛門・秋葉五右衛門・乙馬善九良・乙馬与市良・乙馬市左衛門・善塔善太良・善塔助次良等の寄進によるものである。
石材は小松石(神奈川県産)を使用し、江戸時代の様式を良く残している。
蓮沼村史・第五節(地引網漁業)によると、西宮市(兵庫県)の西宮神社に上総国の里人の寄進による石灯籠が2つある。1つは、元禄2年9月(1689年)に蓮沼村の里人と西宮の里人によるもの。もう1つは、元禄11年8月(1698年)に上総国の講中によるものである。それぞれの灯籠に、この石灯籠を寄進した里人と同様の名前が刻まれている。
このことは、当時、九十九里浜の地引網、特に鰯漁を介し、関西漁民と蓮沼の人達との交流があったことが伺える。いずれも、郷土の産土(うぶすな)神社に漁業の安全・豊漁を祈願して寄進したものである。
所在地 : 山武市蓮沼イ
指定日 : 1998年10月29日