文化財・歴史

上総道学発祥の地

上総道学発祥の地

 大川(作田川)に架かる大橋(江戸時代は成東津辺境橋)の改修や架け替えなどの普請工事は、幕府の代官のもとに行う「公儀御用」の工事となっていた。
 享保12年(1727年)の橋の架け替えの折、工事の監督に当った代官野田三郎左衛門の手代酒井修敬は、朱子学の山崎闇齋学派の佐藤直方・稲葉迂齋に師事して道学を信奉していた。彼は、橋の完成を機に、上総の地に道学への橋渡しをしたいと念願し、和田守道(儀丹)と鈴木荘内(養察)の2人を見出し、稲葉迂齋に入門することを薦めた。この2人は、迂齋の許で道学を学び、帰郷後、成東村と姫島村で、郷党の子弟に道学を教授するようになった。以後南総の農村地帯に道学(朱子学)を学ぶものが増えていった。
 後年、迂齋の子稲葉黙齋が、清名幸谷村の孤松庵に永住して指導に当たり、上総道学として、山武郡一帯の農民に普及していった。

 平成12年11月に新たに完成した成東大橋の橋畔の大川(作田川)河川堤に「上総道学発祥の地」の記念碑が建立された。その碑文の最後には、成東・津辺の両村を結ぶ橋の完成と、道学(朱子学)への橋渡しの思いを寄せた、酒井修敬の次のような和歌が記されている。

舊ぬるを あらためかへて けふよりは
みちあるはしと かけぞはじめつ      修敬詠

所在地 : 山武市成東字下町、津辺字新町
指定日 : 1990年6月20日

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