里見義康印判状

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年3月1日

里見義康印判状 

 天正18年(1590年)の秀吉の小田原平定にあたってのものである。秀吉軍への参陣の意志を示していた里見義康が北条方の東金城の酒井氏の支配する富田郷にも軍勢を出して、北条方へ攻撃を加えていたことを示す史料である。文面は光明寺の所領安堵と治安維持を約束したものである。
 この里見義康の「禁制」は、本市には数少ない中世文書である。

富田之郷同光明寺加倍之事
申上候、其段意得候、若狼藉之
仁有之付而者可申上候、可行其科
者也、仍如件
  庚寅
    卯月廿日

(富田之郷同光明寺加倍之事申上ケ候、
其ノ段意得候、若シ狼藉之仁レ
有ルニ付テハ申上ケ可ク候、其科行フ
可ク者也、仍テ件ノ如シ
  庚寅 卯月廿日)

所在地 : 山武市富田
指定日 : 2002年3月25日