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牧野萬右衛門出生地・落花生栽培発祥地

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年3月1日

牧野萬右衛門出生地・落花生栽培発祥地 

 牧野萬右衛門は弘化4年(1847年)10月4日、山武市草深に生まれた。
 明治9年2月に内外の商況視察のため横浜に行き、たまたま清国の商人から落花生が同国で需要が多く、またその栽培の状況を聞き、落花生が郷土の風土に適する事をさとり、その栽培が農家に多大な利益をもたらすものとその導入を思い立った。
 当初なかなか浸透しなかった落花生栽培も、萬右衛門が有志の者とともに近隣の畑に試作したところ、風土、地味に適した良好な成績を得ることができた。
 その後、県も落花生の重要性を認識し、明治10年落花生の奨励に乗り出し、翌11年種子7石1斗(1297トン)を各地の希望者を募集して頌布した。主として現在の旭市、匝瑳市等に栽培された。
 幾多の変遷を経て栽培面積は増加し、収穫は増大した。明治22年7月には千葉県落花生商業組合が設立され、牧野萬右衛門は初代組合長に就任した。

 このように本市草深は千葉県内に於ける落花生栽培の発祥地であり、牧野萬右衛門はその栽培及びこれを県内に広めた先駆者である。

所在地 : 山武市草深
指定日 : 1977年12月1日