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福星寺の「興讓館」扁額

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年3月1日

福星寺の「興讓館」扁額 

 福星寺本堂の欄間には「興讓館明治庚午壬(閏)正 従五位源勝寛書」と記された扁額が掲示されている。
60×17×2センチメートルの欅の板で、枠は欠落し墨痕は剥落しているが、判読は充分可能、結城藩最後の藩主第11代水野勝寛(禊之助)の明治3年8月の書で、福星寺が結城藩学館の教場であったことを立証する扁額である。
 裏面には

「去年十一月結城藩知事公創興郷於管内南総成東廰
側號曰興讓館特扁榜之字自撰書焉令茲新掲焉
   直廰連署  水野勝與
   庶務  茂木周喜  山田利融
   付属  吉村良達  松尾吉也
 維時明治三年歳在庚午八月仲浣
   教授  江上讓誌
   援読  塚本正典  高科常明」

と記されており、興讓館が明治2年(1869年)11月に発足したことを示している。明治維新直後から明治5年(1872年)の学制領布に至るまでの成東の教育事情を伝える資料として貴重なものである。

所在地 : 山武市成東
指定日 : 2002年3月25日