伊藤家の墓

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年3月1日

伊藤家の墓 

 歌人伊藤左千夫の生家伊藤家の菩提寺、真言宗智山派の雲龍山法満寺境内の墓地に、左千夫の両親は埋葬されている。

 父良作は文政6年(1823年)8月11日に武射郡高富村(現山武市松尾町高富)に農業藤崎弥惣治の次男として生まれ、伊藤重左衛門の娘くまの後添えとして伊藤家に入籍した。
 くまは先夫(今関)登(関内村の出身)との間に長男廣太郎があり、良作との間にも次男定吉をもうけて安政4年に他界した。
 安政5年、良作の後妻として新嶋村の三木家より長女なつを迎えた。良作となつの間に三男房吉と四男幸次郎(左千夫)が生まれた。

 父良作は温厚実直で学問を愛好し、嶋小学校の発足とともに、その教員に迎えられた。明治40年1月3日、85歳で没した。
 母なつは天保2年(1858年)6月30日に武射郡新堀村(現横芝光町新島)農業三木儀左衛門の長女として生まれた。三木・伊藤両家とも、酒井氏に仕えた武士であったと伝えられ、なつは士族としての誇りを持ち、性格は激情的で躾には厳しかったといわれる。明治37年3月8日没した。57歳であった。

 文芸を熱烈に愛好した牛飼いの歌人伊藤左千夫の人となりは、この相異なる性格をもった両親の影響が大きかったと思われる。

所在地 : 山武市殿台
指定日 : 1986年10月15日