蓮沼学校扁額

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年3月1日

蓮沼学校扁額 

 蓮沼小学校は、明治10年(1878年)9月、蓮沼北小学校・蓮沼南小学校・蓮沼新小学校の3校が木戸小学校と合併して誕生した。
 明治21年(1888年)10月、木造2階建ての洋風校舎が完成した。県内屈指の大建築であった。その蓮沼小学校の玄関には山岡鉄舟の「蓮沼小学校」の扁額が明治21年9月(1888年)に掲げられた。

 山岡鉄舟は、名は高歩、字は猛虎、鉄太郎は通称であり、鉄舟は号である。天保7年から明治21年(1836年から1888年)幕府飛騨代官、小野朝右衛門の五男に生まれ、22歳のとき、同じ幕臣の山岡静山の妹、英子の婿になり山岡と改姓した。(英子の兄の精一郎が高橋家を継いだ槍の名人といわれた泥舟である。有名な「幕末の三舟」といわれたのは、この泥舟と鉄舟と海舟である。)

 明治元年(1868年)徳川慶喜の警護にあたる「精鋭隊長」に任ぜられた。静岡県権大参事、茨城県参事、伊万里県知事を歴任。明治6年(1873年)からは、明治天皇の側近として侍従や宮内少輔などをつとめた。

所在地 : 山武市蓮沼
指定日 : 1981年8月1日